読売新聞の「爽爽記」

Photo 1月20日の読売新聞都民版、「爽爽記」というコラムに寄稿しました。

全文

2008年は人脈本ブームだった感がある。特に目立ったのは、サラリーマンが書いた人脈術の本、『出逢いの大学』。起業家や経営者でなく、普通のサラリーマンが本物の人脈を手に入れる方法が売れた。

私はかつて会社に勤めながら、倒産・リストラの不安、このままでいいのかという漠然とした不安を払拭するため、まず手をつけたのが資格だった。しかし結局のところ、資格は仕事を運んでこない。仕事を運んでくれるのは人である。

会社を辞めて現在はフリーで仕事をしているが、世の中不況であっても気楽なのは、様々な人とのつながりがあるから。「いざとなったらあの人の会社で働かせてもらおう」ということが、いくつも思いつく。そういった、ある意味の心の余裕は、仕事でも人間関係でもうまくいくポイントのような気がしている。

前出の本の著者、千葉智之氏も、人脈があるから会社を辞めても何とかなると言う。不況でも明るく過ごせる「人脈術」、これからさらに注目されるかもしれない。勉強もいいが、まずは人に会いに行くことだ。

ただ、人脈は増えるほどに忙しくなる。食事、イベント、パーティーの誘い、人の紹介(する方もされる方も)。これはもう仕方ない。効率がどうのと言っていては人脈はできない。第一、楽しい。楽しいからやっている。楽しいけれど、出費もすごい年末年始であった。

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読書感想文

最近私は書評を読むのが好きだ。

書評なんて堅苦しいこと言わなくても、本の紹介文、感想文は面白い。次に読む本を選ぶ参考にしている。だいたいのあらすじがわかり、読んだ人の感じた良かったところがわかるのがいいし、たまに辛口に批評していたりするのも、それはそれで読んでみたい気にさせる。自分が読み終わっている本のことであれば、ふーんこういう見方もあるなぁなんて考えられ、さらに味わうことができていい。

そんな流れで、本棚に窮屈そうにおさめられていた昔の文集をひっぱりだしてみた。私が通っていた中学の、二年生の時の「読書感想文集」だ。

一クラス全員分のものが入っている。どうやらゴールデンウィーク中の宿題であったらしい。それぞれ自由に一冊選び、それについて書いている。

これがかなり面白かった。いかにもコンクールに入賞しそうな優等生的文章もそれなりに面白いが、けっこうとんでもない感想文を書く人もいるものである。

読書感想文というのは普通、あらすじを簡単に書き、どこが良かったか書き、考えさせられただの面白かっただのと言って褒めるというスタイルのものだと認識していたのだが、困ったことにあらすじを全く書かない人もいるのだ。何に感動しているかと言えば、「本を読んだこと」に感動しているのである。2年6組のS氏の感想文によると、「本の内容が内容だけにあまり、あらすじを書きたくない。」その本に関する情報は「後宮小説という本で、千二百円だった」ということのみ。そして、彼はこの本を読んで感じたこと、としてこう述べる。「最後の行に書かれていた作者の考えが、頭に残っているということだ。またそこしか残っていないと言ってもいいかもしれない。」

逆に、想像はつくことだが、あらすじを書いて終わっている人もいる。詩を読んだ感想文で、その詩を全文書いている人もいる。私としては詩も読めるし感想も読めるしお得である。

あらすじだけで終わっている人の感想文に「ドーナツが逃げていく」というのがあった。給食で出たドーナツが逃げていき、それを必死に追いかけるらしい。「『おいドーナツまて・・・』と叫んだ。そのドーナツは『ばたっ』とたおれてしまったのである。」とその感想文はしめくくっていた。なんだなんだ、どういうことだ、と気になる。作者名も出版社名もないが、読んでみたい。

ひょっとして、推理小説を読んで、感想文に犯人が誰か書いちゃう人もいるのではないか。「いい人だと思っていたのに、田中が犯人だとは、びっくりしました。ぼくが犯人だと思った鈴木は共犯者でした。だから半分当たりました。」

こんなやつ、どっかにいるに違いない。その小説をこれから読もうとしていたのに、こんなの読まされたらたまったもんではない。しかし私はそんな読書感想文もまた、読んでみたい、と思うのだった。

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ジャズの香りがする

 人のつけている香水が話題に出るときは、たいてい悪口である。誰々さんの香水はきついとか、つけ過ぎとか、エレベーターで一緒になったので息を止めたとかである。

 褒め言葉をあまり聞かないのは、あの人はいい香りがするなんて敢えて口にするといやらしくなるからかもしれない。香水のつけ過ぎで周囲を不快にさせる人が多いのも事実なのだろう。

 わたし自身は、鈍いほうであるのか、人の香水で不快になったことはほとんどない。男の人のつける香水を断然好きになった経験ならあるが。

 もう10年近く前、わたしはいつもいい香りをさせている人に出会った。近づいておしゃべりすると、必ずいい香りがして、ほわんとした。しかし、顔や声のトーンを頭の中で再現することはできても、香りの再現はひどく難しい。

 その人がいない時に、どんな香りだったっけ、甘くてちょっぴりスパイシーで、といくら形容詞を並べてもいっこうに思い出せないのである。

 あるとき、彼から電話がかかってきた。

 彼の声を聞いた瞬間、すてきなことが起こった。冬の、凛とした空気の中だった。電車を待つホームで携帯電話を持った私の周囲に、あの香りがただよったのである。

 それはかなりはっきりと、彼の香水の香りだった。私は単純に驚き、そして感動した。私の中で、彼の声と香りが結びついて記憶されていたのだろう。

 彼との恋は短かった。

 写真もないし、手紙も残っていない。もちろん私はあの香りを思い出すこともできない。

 ただ、香水売り場を通りかかるとき、わたしはいつもイヴ・サン・ローランの「ジャズ」を手にとってしまう。そして、ああ、こんなだったんだなと少し切ない気分になれるのである。

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帰りみち

右肩にあたたかな重み

よほど疲れているのね

私はあと二駅

動けなくなってしまった

中央線の

つかのまの恋人

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へこむ。

へこむ。

へこむ。

へこんでへんなカタチになる。

光のあたるところが増える。


もまれる。

もまれる。

もまれて小さくなった気がする。

凝縮されて味わい深くなる。



この複雑なかたち、

この複雑な味。

誰にもマネできない私になる。

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無償の愛とは

夫と二人で、居酒屋にいた。

隣にいるのはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた若い男性二人だ。

「無償の愛なんてないよ」

だいぶ飲んでいるのだろう、二人で話すには大きすぎる声で一人の男性が言う。

どういう話の流れだろうか。

夫が私に「そうだ、無償の愛などない」。

私は「あるよ。」

だって、子に対する母の愛は見返りを求めていないではないか?

私の、夫に対する愛だって・・・

そりゃあいつもそうとは言えないけど・・・

もう一度、力強く「あるよ。」

夫は、さも当たり前そうに「だって、受け取っているから」と言った。

私は言葉がなくなった。

愛するということは、すでに受け取っているのだ。

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